++ Happy Everyday.
流石に女性による女性の為の国と謳われるだけのことがあり、ガーデンブルグのショップには、女性用の防具が数豊富に並んでいた。
ロザリオを盗んだという濡れ衣も晴れ、一行はやっと大手を振ってこの城を見学出来る身分になり――、
そんな中、マーニャがふと、ある防具に手を取る。
「ぬ、ぬほっ、それは…」
自分が選ばれると思っていた、と呟きつつも恨み言無く人質という役割を引き受けてくれていたトルネコが、マーニャの手の中にあるそれを見るなり、思わずそんな声を上げる。
マーニャはちらっとトルネコを一瞥し、それからまじまじとその防具を見つめた。
「不思議な魔力が込められてるみたい。これの防御力、けっこう高いわね…」
その手の中にあるのは、ピンクのレオタード。
マーニャも噂には聞いていたが、胴の部分にばっくりと大きな穴があき、きゅっとハイレグに作られたそれを見ていると、一体なにがどうなってこういう防具になったのかと、発案者なり製作者なりを問い質したくなってくる。
しかしマーニャが懸案しているのはそこではなかった。
露出度がどうとかは、この際どうでもいい。
第一彼女は踊り子。それも、絶世のプロポーションを持っていると自他ともに認める売れっ子である。
「あたし守備力低いしなあ。買おうかな、これ」
そのマーニャの呟きに、トルネコが背後で「いいですねえ」と遠慮なく頷いた。
通りかかったブライは何も言わないが、黙って己の髭を撫でているところを見ると少なくとも反対ではないようで、ショップ入口で売り物でもないランプを見上げているライアンはというと、この店に武器が無いことを少し不服に思っているらしく、そもそも女性用の防具には興味が無い様子だ。
「いいと思うけど…少し高くないかしら」
男性陣はさておき、マーニャの横からそう呟きを投げかけてきたのはミネアだった。
彼女は彼女で姉とは反対に、露出が少な目の落ち着いた長いドレスに身を包んでいることからも、こういったものを身につけようとはハナから思っていない。
しかしピンクのレオタードは、一着買っただけでも六千三百ゴールド。
カジノで時々スッたり酒場で日付が変わるまで酒を飲んだりしている、宵越しの金は持たない主義のマーニャ個人に、それだけの代金を払う余裕は無かった。
「そうなのよねぇ…これしか布使ってないくせにさ」
マーニャは艶々の唇を形よく尖らせ、そして次の瞬間ひらめいたとばかりに目を輝かせた。
「カイルが良いって言えば良いわよね!防具代だもの、冒険の資金から出してもらうの」
会計管理であるトルネコは最初から賛成のようだから、リーダーであるカイルさえ了承すれば良いだろう。
姉の企みにミネアは頭を痛めつつも、そのレオタードが高い防御力を誇っているのは確かである為、とりあえずは反対しない。
決まり!とマーニャはさっそくそれを胸に抱いた。
そうして、先程から黙って店内を眺めているアリーナに目をとめる。
「ねえ、アリーナ。あんたも欲しいモノないの?」
「え?私?」
突然話を振られ、アリーナは二、三度目を瞬きさせて姉妹を見る。
アリーナの目の前には、別段珍しいものでもない身躱しの服。
特にこれが欲しいわけではなく、アリーナはただ「身を躱しやすくなるにしては裾が長くて動きにくそうだけど、この服を着て戦えるのかしら」などと考えていたのだが――。
マーニャはそんな彼女に、ちちち、と人さし指を振ってみせた。
「だめだめ、そんな色気が無いの」
「え、ううん、私は別に…」
「あんたもコレくらい着なくちゃ!」
「ちょっ…姉さん!」
マーニャがアリーナの眼前にピンクのレオタードを突き出したのを見て、ミネアが咎めるような声を上げた。
トルネコ、ライアンとともにいつの間にやら馬車へ戻ってしまったのか、今はすでに姿を消しているブライだが、あの老魔術師がその辺りに居たら咳払いと共に説教が振って来かねない。
「うー…ん。動きやすそうではあるけど」
ピンクのレオタードをつまんで広げ、アリーナは首を傾げた。
「なんかスースーしそう」
別にいいや、とその防具をマーニャに返す。
「もー、あんたってお子ちゃまね…」
気に入ってくれたらそれはそれで面白かったのにと思いつつも、可愛い第二の妹のような存在である彼女に無理強いは出来ず、マーニャはすぐにそれを受け取った。
「さあ、我らが勇者君におねだりに行くわよ!…って、そういえばカイルはどこ行ったの?」
きょろきょろと店内を見回すが、それらしき姿は無い。
ああそれなら、とアリーナはマーニャに説明をした。
「天空の盾を取って来るって。クリフトと一緒に地下に行ったよ」
「そ。まあいいわ、もうすぐ戻って来るだろうし。ちょうどいいから着替えて待ってよっと」
「え、試着するの?」
「あったり前よ。こういうのは、見せちゃえば文句も言えないでしょうよ」
「ふうん…」
そうなんだ、と真面目に頷くアリーナ。
やれやれと言いたげに、ミネアはひとつ溜息をついた。
「…で。どう!とくとご覧なさいな」
盾を回収し城のショップに戻って来た瞬間、得意気な踊り子に出迎えられ、カイルとクリフトは少し驚いた様子でその場に立ち止まった。
バストにつけられた飾りの下は、布がダイヤ型にくり抜かれ、引き締まった彼女の腹部を嫌というほどに見せつけている。
そしてその下――ハイレグの脚ぐりから、すらりと伸びた、張りのある小麦色の太腿。
何千という観客を魅了してきた踊り子マーニャの、本領発揮といったところだ。
トルネコがまだここにいたら口笛を吹いて城の中に魔物を呼び寄せ、また牢に逆戻りしていたかもしれない。
しかし。
「え?…うん、いつもの水着となにか違う?」
期待するマーニャの心情を裏切り、あっけなくあっさりとカイルはそんな感想を述べた。
「水着じゃないっつの!あんた何?あたしがいっつも水着でウロついてると思ってたの?」
カイルのことをまだまだ少年のような部分がある――つまりまだお子様――と思っていたマーニャだが、さすがにこの予想の斜め上を行く返答に、ついつい声を荒げて突っ込んでしまう。
「いやそういう訳じゃないけどさ」
マーニャが怒る理由さえよくわからず、カイルは困ったように言い訳をした。
「悪いね、俺、山で育ったから、あんまり水着とか詳しくなくて」
詳しかろうが詳しくなかろうが、年頃の青年なら目の前のもの――マーニャの美貌――に気を留めることが出来てもよさそうなものである。
しかも未だにこのレオタードを水着と呼んでいるのだから話にならない。
虜にしないまでも、「うん、いいじゃんそれ」などと言わせて買ってもらおうと考えていた企みが崩され、マーニャはカイルの隣で黙っているクリフトを、八つ当たりの意味も込めて睨みつけた。
「…そこの神官!」
「はあ。何でしょう」
ちらりとアリーナのほうを見ていたクリフトは、呼ばれてマーニャに視線を向ける。
「これを見て何か言うことは!」
惜しげもなく己の抜群のプロポーションを見せつけ、マーニャは訊いた。
さらり、と髪をかき上げてお得意の決めポーズをとる。
「………」
訊かれたならば答えなければならない。
クリフトはまじまじとマーニャを見つめた。
そして。
「マーニャさん、その服…」
「ええ。この服が?」
「おなかに穴、あいてますよ」
すっ、とポケットから毛糸で織り込まれた何かを差出し、クリフトは言った。
「なにそのハラマキ!あんたハラマキ持ち歩いてるわけ!?」
「いえ、そういうわけでは。これはブライ様のです」
「……もういいわ」
姫君以外の異性に殆ど興味というものを示さない神官に訊いた自分が馬鹿であったと、マーニャは脱力感に見舞われつつそっぽを向いた。
「欲しいなら買ったらいいじゃないか。資金から出していいよ」
あっけないほど簡単にカイルがオーケーサインを出す。
そもそも当初の目的はこの防具をおねだりすることであった為、これにて目的は達成なのだが、マーニャは何故か納得がいかない。
「………そうだけどさ」
ぶつぶつと文句のようなものを呟きながら、とりあえず試着をやめようとショップの一角を区切ってあるカーテンの奥へと引っ込んでいった。
「水着と言えば、最近、全然海に行ってないね」
地元サントハイムの景色を思い出しながら、アリーナがクリフトに話しかける。
彼らの地元には、サランから少し行ったところに白い砂浜が続く海岸があった。
「そうですね…前に行ったのはいつでしたっけ…」
冒険中も海と触れ合うチャンスは山ほどあるのだが、やはり慣れ親しんだ故郷の海は懐かしい。
アリーナは首を傾け、クリフトは目を細めて、サントハイムの碧い海をを想う。
「なぁに、そこの二人は水着で海なんか行っちゃったことがあるの」
カーテンで身体を包み顔だけをのぞかせて、マーニャがさっそく話に入る。
「姉さん、ちゃんと着替えてから出て来なさいよ」
布の陰から姉の脚が見え隠れしているのに気付き、ミネアはまた溜息をついた。
「俺、水着なんて着たことないや」
そういえば、と頭の後ろで手を組んで呟いたのは、山育ちのカイルだ。
幼少の頃の遊びと言えば木登りやら池での魚釣りなどが主だったので、初めて海を見た時は想像を超えるその雄大さに絶句し、うっすらと恐怖まで感じたものだった。
「…この旅が終わったらサントハイムに遊びにおいでよ!一緒に海に行こう」
持ち前の明るさで、アリーナがカイルを誘った。
「いいですね…私も、行ってみたいです」
あまり海とは縁のなさそうなミネアも、珍しくそんなことを言う。
「もちろん、ミネアも!」
みんなで遊びに来て、とアリーナはまだ先になるであろう予定を思い浮かべ、目を輝かせた。
「はぁ、やれやれ。やっぱり普段の装備は落ち着くわね」
シャッ、とカーテンを勢いよく開き、着替えを済ませたマーニャがそこから顔を出す。
ピンクのレオタードを買うのかどうかまだ答えを聞いていないカイルは、ゆっくりとそちらのほうに顔を向けた。
未だマーニャの手に握られたそれをちらりと見て、
「マーニャはサントハイムに、その水着で来たら」
「水着じゃないってば!」
踊り子の扇での突っ込みが、カイルの顔面にヒットした。
「アリーナさんはどんな水着を持っているんですか?」
まだプンスカとゴネている姉をさらりと放置し、ミネアはアリーナに向き直る。
この愛らしい姫君が、ピンクのレオタードのような露出の高いものを着用するとは思えなかった。
「私のはね、何ていうのかな、薄いピンク色で、おなかとかに穴はあいてないんだけど…なんか腰のあたりがヒラヒラしたスカートになってるやつ」
「ワンピース型かしら…」
説明の仕方が何とも彼女らしい。
そしてやはり彼女らしい水着のセレクトに、ミネアは納得の表情を浮かべた。
そんなほのぼのとした雰囲気を後目に、マーニャは未だに溜飲が下がらない様子で口を尖らせていた。
「ちょっと。そこの涼しい顔した神官」
行きどころのない思いをぶつけるように、パープルのアイシャドウで縁どられた瞳をキッとクリフトのほうへ向ける。
「………。何ですか」
マーニャが第三者のことを役職で呼ぶのは、たいてい何か八つ当たりをしたい時か何かを企んでいる時だ。
クリフトは返事に少しためらいの間をもって、それに応えた。
「あんたはアリーナにどんな水着が似合うと思う」
「姫様でしたら何でもお似合――」
「そうじゃなくてね」
間髪入れずに答えようとしたクリフトの言葉を最後まで聞かず、ニヤリと口元を歪ませるマーニャ。
わかりきった答えでは面白くないのだ。
「ビキニとか着てほしいんじゃないの?」
言いながらマーニャは、自分の踊り子の服の裾をひらひらさせた。
少しくらい表情を変えてくれてもいいものを、クリフトは眉ひとつ動かさなかった。
「いえ、特に」
「そんなこと言って。あんたも若い男なんだからさ」
「いえ、特に」
「水着よ?あんたどっかおかしいんじゃないの?」
随分な言われようだが、世の中全ての、ありとあらゆる男が女の水着で喜ぶわけではない。
その証拠に、クリフトの隣ですっかり待ちくたびれた様子のカイルも、もう飽きたとばかりに大きなあくびをしていた。
ここまで来ると、コイツらこれで本当に大丈夫なのかしら、と色々な意味でマーニャは心配になってくる。
「ビキニもダメならどうしろっていうのよ…まさか下着にシャツでも羽織って水に入れとか…」
「…何を仰っているのか分かりませんが…」
訳の分からないことを独りごち始めたマーニャに聞こえるように、クリフトは大きな溜息をついた。
そして諭すような目つきで、ハッキリと述べる。
「私は、そういったものに興味はありません。興味があるのは、水着ではなくその中身です」
「………」
場の空気が一瞬にして凍り付く。
言ってから、クリフトはしまったと激しく後悔すると同時に硬直した。
しかしもう遅い。
人は外見や着飾った服ではなく心で判断されるべきであると、要はそう言いたかったわけなのだが――言い方を間違えた。むしろ生々しい方向に間違えた。
後悔先にたたずという言葉は、今この時の為にあるのだろう。
「あんたって……」
クリフトのやらかした過ちに気づいている筈のマーニャが、わざとらしく身を引きながら、笑っている口元を手で覆った。
「お前それは……」
カイルの呆れた声と視線が、横から容赦なく刺さってくる。
ミネアは何も言わず、時を止めたままのクリフトを見ていた目を、隣のアリーナに移した。
「そうよねぇ、あんたってばそういうヤツだもの」
フォローを入れるわけもなく話を膨らますマーニャの声で、クリフトはやっと姫君の――アリーナの表情に気付く。
彼女は瞬きをすることも忘れたかの様に、茫然と真っ直ぐ前を見つめていた。
「あの、……ひめさま」
おそるおそる、クリフトが呼びかける。
返事は無い。ただの屍――のわけはないのだが。
「中身を見たいなら水着なんて邪魔なだけよねぇ」
マーニャが追い打ちをかけた。
「マ、マーニャさん、ちょっと黙っ…」
「クリフト」
「……っ、はい」
アリーナの声に多少ビクッとしながら、クリフトは己の主に向き直った。
「………」
「………」
痛々しい沈黙。
次の瞬間、アリーナはマントを翻してショップから走り出して行った。
「クリフトのヘンタ~イッッ!」
その叫びを残して。
「ち、違いますよ姫様!誤解です!」
慌てふためき、混乱して何故か自分の装備していた剣を外しカイルに渡してから、クリフトが後を追う。
風が過ぎ去った防具屋で、残された三人は顔を見合わせて溜息をついた。
「……で、どうすんの、買うのか?」
訳も分からず押し付けられた(おそらく押し付けた本人も分かっていない)クリフトの剣を片手で弄びながら、カイルはマーニャにそう訊いた。
事の発端となったピンクのレオタード。
そもそもマーニャがこれに目をつけなかったら、今回の騒動は起きなかったわけなのだが。
「んー。いいわ。やめとく」
整った眉を寄せてそう答えると、マーニャはレオタードを畳んでサンプルの棚に戻した。
「いらないの?」
散々時間をかけておいて、と言いたげにミネアも問うが、マーニャはぺろりとピンク色の舌を出してみせる。
「やっぱり高いし。虜になるのはモンスターと、うちのパーティの男の中ではイエティ――じゃなかった、トルネコさんくらいでしょ。つまらないわ」
何気なくトルネコの悪口を言いながら、マーニャは“つまらない”わりには満足そうに笑っていた。
「面白いものも見られたしさ」
走り去って行った姫君と神官は、果たしてどうなっているだろうか。
実際のところ、それが気になって仕方がないのだ。
「……まったく、姉さんは」
高確率でとばっちりを食う神官に少し同情しながら、ミネアは長いスカートの中で踵を返した。
それに続き、これ以上はここに用の無いカイルもさっさと店の出入り口をくぐる。
「…ねね、カイル」
廊下に出たところで翠髪の勇者の肩を捕まえ、マーニャはヒソヒソと耳打ちした。
「あんた今日もどうせクリフトと相部屋でしょ?詳しく聞いといてよ、アリーナに上手く説明出来たのかどうか」
「……うーん…」
マーニャの提案に、カイルは眉を寄せて煮え切らない応えを返した。
「なによ乗り気じゃないの?」
「いや、いいんだけど…」
「けど、何よ」
「落ち込んでるくらいなら大丈夫なんだけどさ。怒りまくってる時は無理だな…。たまにオーラが怖いんだ、あいつ」
「………」
「言っとくけどマーニャの所為だからな」
「分かってるわよ」
自分のからかいの対象は、今回は神官だけのつもりであったが、思わぬところにも被害が出ていた。
反省はしない。
しないが、もしアリーナが夜になってもまだ誤解をしているようだったら、少しくらいは自分もフォローを入れてやろう、とマーニャは思った。
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